知る ~韓国ハプチョン:被爆被害者福祉会館~

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知る ~韓国ハプチョン:被爆被害者福祉会館~

在韓原爆被害者と陜川原爆被害者福祉会館について

194586日広島市の直接被爆者数3132万人(軍人4万人以上を除く)、同年89日長崎市の直接被爆者数2728万人。二つの原爆犠牲者の中には日本人以外に30か国を超える国籍の人々が含まれていた。日本人以外で、最も多く人的被害を受けたのが韓国・朝鮮人だった。広島での被爆者7万人、長崎では3万人、計10万人。実に全体の約1/6を占める数であった。その内の半数が直後に死亡、命を取り留めた方の内8000人が日本に留まり、約3万人の方が解放後帰国された。現在、韓国全土で2万人以上の被爆者が生存されているが、その多くは韓国南部の陜川出身であったため、陜川は「韓国のヒロシマ」と呼ばれている。帰国したものの、韓国では補償も十分ではなく、被爆者であることが分かると差別を受ける事も少なくなかった。

在韓原爆被害者福祉事業のために、韓日政府が40億円を支援することにようやく合意したのは、終戦から45年経った1990年の事であった。陜川原爆被害者福祉会館は在韓原爆被害者1世で原爆により疾病または障害のために生活が困難な方たちを対象に、老後生活の安定と各種治療事業を通じて健康増進と安らかな余生を提供する目的で1996年に開館した。管理運営は大韓赤十字社が担っており、約100名が入居している。

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